25年前の今日、ジミー・ウェールズは空白のウェブサイトに「Hello, World!」と打ち込んだ。誰も成功するとは思っていなかった実験は、いまや月間150億回閲覧される「インターネットの知識基盤」となった。しかし、その存続を脅かす新たな敵が現れている——Wikipediaを学習データとして貪り尽くすAIだ。
図書館からクリックへ
かつて知識にアクセスするということは、物理的な図書館を訪れ、専門家が編纂した参考文献をめくることを意味した。誰が「正しい情報」を決めるのか——その権限は学者や出版社といったゲートキーパーに握られていた。
2001年1月15日に誕生したWikipediaは、このヒエラルキーを転覆させた。インターネット接続さえあれば、誰でも記事を書き、編集できる。ウェールズが夢見たのは「地球上のすべての人が、人類の知識の総和に無料でアクセスできる」世界だった。
成長は爆発的だった。2002年に約2万件だった英語版の記事数は、2006年には100万件を突破。現在は700万件を超える。2026年1月時点で、300以上の言語版が存在し、英語版だけで26万7,535人のアクティブユーザーが編集に参加している。日本語版も2万5,919人のアクティブユーザーを抱え、世界第5位の規模を誇る。
中立性をめぐる25年の葛藤
しかし、Wikipediaは誕生時から哲学的な緊張を抱えていた。共同創設者のラリー・サンガーは、オープン性だけでは中立性を保証できないと懸念していた。「専門家自身が中立性にコミットしていなければ、中立性に近づくことすら不可能だ」と彼はDWの取材で語っている。
ウェールズの考えは異なる。「ヒトラーの項目は、彼への批判である必要はない。何をしたかを書けば、それ自体が告発になる」。事実を積み重ねることで中立性は担保される——それが彼の信念だ。
この対立は解消されないまま、25年が過ぎた。そして構造的な課題も残っている。女性編集者の割合は10〜20%にとどまり、著名な女性やその業績を扱う記事が大量に欠落している。各言語版は独立して運営されるため、ヒンディー語版に存在する記事が英語版にはない、というケースも珍しくない。
AIという「寄生者」
だが今、Wikipediaはより根本的な脅威に直面している。大規模言語モデル(LLM)は、Wikipediaのコンテンツを大量に学習し、ユーザーの質問に即座に回答を返す。出典を示さず、Wikipediaへのリンクも貼らない。ユーザーは満足し、Wikipediaを訪れる理由を失う。
Nature誌に寄稿したウィキメディア財団の元理事、ダリウシュ・イェミエルニャクはこれを「寄生的関係」と呼ぶ。AIがWikipediaから知識を吸い上げ、何も返さない。この構造が続けば、「自由にアクセスでき、人間がキュレートする知識の最後の砦」が危機に瀕する。
すでに被害は出ている。グリーンランド語版Wikipediaは機械翻訳による低品質な記事の蔓延に見舞われた。誤りだらけの記事が増殖し、唯一の管理者による削除でも追いつかず、最終的にサイト閉鎖が決定された。小規模な言語版ほど、この「ドゥームスパイラル」に脆弱だ。
透明性という武器
それでも、Wikipediaには人間だけが持つ強みがある。すべての編集はログに残り、すべての議論はアーカイブされる。AIのブラックボックスとは対照的な、徹底した透明性だ。
「人間は、AIには再現できない要素を知識創造にもたらす」とイェミエルニャクは書いている。アーカイブ資料を発掘する能力。記録されていない場所を撮影する足。中立性と検証可能性について、時に白熱した議論を交わす意志。300以上の言語版にまたがる文化的文脈への理解。
AIが「幻覚」を起こし、アルゴリズムがブラックボックス化し、偽情報が蔓延する時代だからこそ、Wikipediaの透明性はかつてないほど重要になっている。25年前、誰も成功を信じなかった実験は、人間の集合知が何を成し遂げられるかを証明した。次の25年、その価値を守れるかどうかは、私たち次第だ。
