13年前、音声アシスタントの先駆者だったアップルが、グーグルの力を借りることを選んだ。GeminiをSiriの基盤に採用するという決断は、AI競争における方向転換なのか、それとも現実的な選択なのか。
先駆者の13年間
2011年、アップルはSiriを発表し、音声アシスタントの時代を切り開いた。当時、競合他社は追いかける側だった。グーグルがGoogle Assistantを発表したのは5年後の2016年。アマゾンのAlexaも2014年まで存在しなかった。
だが2024年、状況は大きく変わっていた。ChatGPT、Gemini、Claudeといった大規模言語モデルが次々と登場し、AIアシスタントの能力は飛躍的に向上した。一方、Siriは「タイマーを設定して」「天気を教えて」といった基本的なコマンドをこなす存在にとどまっていた。
2026年1月12日、アップルとグーグルは共同声明を発表した。Apple Foundation Modelsの次世代版は、グーグルのGeminiモデルとクラウド技術を基盤とする。契約は複数年にわたり、年間約10億ドル規模とされる。
繰り返された「約束」と延期
アップルは2024年6月のWWDC(世界開発者会議)で、「よりパーソナライズされたSiri」を発表した。ユーザーの文脈を理解し、アプリを横断して情報を引き出し、自然な会話ができるAIアシスタント。デモでは、iPhoneユーザーがSiriに母親のフライト情報とランチの予約状況をメールやメッセージから引き出すよう依頼する様子が披露された。
しかし、この機能は2024年秋のリリースに間に合わなかった。2025年春にも間に合わなかった。アップルは「これらの機能の提供には予想以上に時間がかかる」と認め、リリースをiOS 26.4(2026年春)まで延期した。2024年のデモから実に2年近くが経過していた。
「2億ドル」で奪われた頭脳たち
延期の背景には、深刻な人材流出があった。
2025年7月、アップルのAI基盤モデル責任者ルオミン・パンがメタに移籍した。報道によれば、提示された報酬パッケージは2億ドル以上。ティム・クックCEOの年間報酬(約7,500万ドル)の3倍近い金額だ。アップルはカウンターオファーを出せなかったとされる。
パンだけではない。同じくAIチームのトム・ガンター、ボーウェン・ジャンもメタへ。ブランドン・マッキンジー、ディアン・アン・ヤップはOpenAIに移籍した。AIの最前線で戦う人材が、次々と競合他社に流れた。
「動作するのは6〜8割」
人材流出と並行して、Siriの品質問題も表面化していた。
アップルのAIおよび機械学習担当副社長ジョン・ウォーカーは社内で、Siriのリクエスト成功率が「6〜8割程度」と報告していた。残りの2〜4割は失敗するか、期待どおりに動作しない。2024年のWWDCデモは「事実上フィクションだった」とも報じられている。
2025年3月には、Siriの性能に関する虚偽広告を理由とした集団訴訟が提起された。訴訟では、アップルが宣伝したSiriの機能と実際の性能に大きな乖離があると主張されている。
グーグル依存の深化
今回の提携により、アップルのグーグル依存はさらに深まった。
アップルはすでに、iPhoneのデフォルト検索エンジンとしてグーグルを採用する見返りに、年間約200億ドルを受け取っている。今回のGemini提携では、逆にアップルがグーグルに年間約10億ドルを支払う立場となった。
OpenAIとの提携は継続されるが、その位置づけは変わった。ChatGPTは「オプション」としてSiriから呼び出せる外部サービス。一方、GeminiはApple Intelligenceの「基盤」そのものとなる。アップルの声明は「慎重な評価の結果、グーグルのAI技術がApple Foundation Modelsにとって最も有能な基盤を提供すると判断した」と述べている。
AndroidとiOS、両方の「頭脳」に
グーグルにとって、この提携は戦略的勝利だ。
Geminiは今後、AndroidとiOSの両方でデフォルトのAIエンジンとなる。世界のスマートフォン市場を二分する両プラットフォームで、グーグルのAIが動作する。イーロン・マスクはX(旧Twitter)で「これはグーグルにとって不当な権力集中ではないか。AndroidもChromeも持っているのに」と懸念を表明した。
アップルは、プライバシー保護については「業界最高水準を維持する」と強調している。Apple Intelligenceは引き続きユーザーのデバイス上またはPrivate Cloud Computeで動作し、グーグルの消費者向けサービスには接続しないという。だが、Geminiのモデル自体がグーグル製であることに変わりはない。
ウォール街はこの提携を好感した。発表当日、グーグルの時価総額は一時4兆ドルに到達し、エヌビディア、マイクロソフト、アップルに続く4社目の「4兆ドルクラブ」入りとなった。アップル株も小幅に上昇し、「見えないAI戦略」への懸念がひとまず和らいだ格好だ。
