ウェルネス 2025年11月20日

Text by SPARK Daily

「毎日聴く」だけで39%減。音楽が認知症リスクを下げる理由

「毎日聴く」だけで39%減。音楽が認知症リスクを下げる理由

毎日音楽を聴くだけで認知症リスクが39%減少。しかし、この驚異的な数字の背後にあるのは、単なる「気分転換」ではない。オーストラリアの10年間にわたる大規模研究が明らかにしたのは、音楽が脳に引き起こす物理的な変化だった。神経可塑性、白質の密度増加、前頭前皮質の構造変化。音楽は脳を「書き換え」ているようだ。

10年間・1万人を追跡したオーストラリアの大規模研究

2024年10月、モナッシュ大学のジョアン・ライアン教授率いる研究チームが「インターナショナル・ジャーナル・オブ・ジェリアトリック・サイキアトリー(International Journal of Geriatric Psychiatry)」に発表した論文は、音楽と認知症の関係について、これまでで最も説得力のあるデータを提示した。

研究は、高齢者を対象とした大規模臨床試験ASPREE(ASPirin in Reducing Events in the Elderly)の一環として実施された。対象は、オーストラリア在住の70歳以上の高齢者1万893人。研究開始時点で認知症の診断はなく、地域で自立した生活を送っている人々だ。追跡期間は約10年間。毎年、参加者と医療提供者からデータを収集し、訓練されたスタッフが認知機能評価を実施した。

結果は明確だった。「常に音楽を聴く」と回答した7,030人は、「まったく聴かない/まれに/ときどき聴く」と回答した人々と比較して、認知症リスクが39%低かった。さらに、認知機能障害のリスクは17%低く、エピソード記憶(日常の出来事を思い出す能力)と全体的な認知スコアも高かった。

楽器演奏も効果的だ。楽器を演奏する習慣のある人は、認知症リスクが35%減少していた。両方を実践している人は、認知症リスクが33%、認知機能障害リスクが22%減少した。

「証拠から考えると、直接的な因果関係がある可能性が高い」とライアン教授は言う。「音楽は気分を高め、脳の複数の領域を刺激する。それが認知機能にとって有益なのです」

音楽が脳内で引き起こす「物理的変化」

音楽がなぜ認知症予防に効果的なのか。その答えは、「神経可塑性(neuroplasticity)」にある。

神経可塑性とは、脳が経験に応じて物理的に変化し、再編成される能力のことだ。かつては「成人の脳は変化しない」と考えられていたが、現代の神経科学はその常識を覆した。音楽は、この神経可塑性を引き起こす最も強力な刺激の一つだ。

トロント大学のコリン・フィッシャー博士らが「ジャーナル・オブ・アルツハイマーズ・ディジーズ(Journal of Alzheimer's Disease)」に発表した研究では、軽度認知障害の患者に個人的に意味のある音楽を毎日聴かせた結果、前頭前皮質(深い認知プロセスが行われる脳の制御中枢)に構造的・機能的変化が見られた。脳の神経経路に変化が生じ、白質(脳内の情報伝達経路)にも違いが現れた。これらの変化は、神経心理学テストでの記憶パフォーマンス向上と相関していた。

さらに驚くべきは、音楽が脳に与える影響の広範さだ。神経科学の研究によれば、音楽は脳の以下の領域を同時に活性化する:

  • 運動野: 体の動きを制御
  • 感覚野: 聴覚情報を処理
  • 感情処理領域: 喜び、悲しみ、興奮を感じる
  • 想像・白昼夢に関わる領域: 記憶を呼び起こし、未来を想像する

これらの領域が「対話」することで、既存の神経結合が強化され、新しい神経リンクが形成される。音楽を聴くたびに、脳は少しずつ書き換えられているのだ。

「聴くだけ」でも効果がある理由

プリンストン大学音楽認知研究所のエリザベス・マーガリス教授は、音楽の認知的影響を研究している。彼女の発見は興味深い。「音楽が本当に重要なのは、脳の異なる領域を互いに対話させる能力です。音楽はそれを非常にうまく行います」

マーガリス教授の研究によれば、音楽を聴くとき、私たちの脳は受動的ではない。たとえ楽器を演奏したことがなくても、脳は音楽に反応し、複雑な認知プロセスを実行している。リズムを認識し、メロディを予測し、感情を処理し、記憶を呼び起こす。これらすべてが、神経回路を強化する。

今回のASPREE研究でも、音楽を聴く習慣(39%リスク減少)は、楽器演奏(35%リスク減少)とほぼ同等の効果を示した。つまり、楽器を習得する必要はない。聴くだけで十分なのだ。

もちろん、楽器演奏には独自の利点がある。研究では、音楽トレーニングが白質・灰白質の密度増加、脳梁の拡大、音楽パフォーマンスに関連する領域での皮質再マッピングをもたらすことが示されている。しかし、マーガリス教授が強調するように、「音楽に関わる鍵は、楽器ではなく、関与すること自体です」

アルツハイマー患者が14歳の時に聴いた曲で「自分を取り戻す」

音楽の力を最も劇的に示すのは、アルツハイマー病患者の反応だ。

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神経科学者でミュージシャンのダニエル・レヴィティン博士は、次のように語る。「鏡に映った自分を認識できない、今いる場所もわからない。しかし、14歳の時に聴いた曲をかけると、彼らは失っていた自分と再びつながる」

なぜ思春期の音楽がこれほど強力なのか。マーガリス教授によれば、思春期は自己を定義する時期であり、その時期の音楽には特別な意味が付与される。「その音楽は、最も多くの記憶と結びついている」のだ。

興味深いことに、この効果は音楽が止まった後も続く。マーガリス教授の逸話によれば、音楽を聴いたあと、患者は「いまここにいる感覚を取り戻し、他者との交流が可能になる」状態になるという。音楽が一時的に認知機能を回復させるのだ。

新しい音楽にも挑戦を

懐かしい音楽は記憶を呼び起こし、安心感を与える。しかし、レヴィティン博士は新しい音楽にも挑戦することを勧める。

「音楽を聴くことは神経保護的です」とレヴィティン博士は説明する。音楽は脳の回復力を高め、新しい神経経路を形成することで脳を保護する。「新しいニューロンが成長しないというのは神話です。生涯を通じて、新しい経路が成長し続けます」

過去の音楽は記憶と安らぎをもたらすが、新しい音楽は脳に挑戦を与える。新しい音楽を聴くことで、脳は新しいパターンを認識し、新しい神経結合を形成する。それが認知機能の維持につながる。

レヴィティン博士の新著「アイ・ハード・ゼア・ワズ・ア・シークレット・コード:音楽という薬(I Heard There Was a Secret Chord: Music as Medicine)」では、音楽がうつ病、痛み、パーキンソン病などの神経疾患の治療にどのように使われているかが詳述されている。音楽は単なる娯楽ではない。それは脳のための「薬」なのだ。

「音楽に触れること自体に効果があります。聴くだけでも、演奏するのでも構いません」とレヴィティン博士は言う。そして、マーガリス教授が付け加える。「それが音楽の利点です。誰でも、今日からでも始められますから」

Source: The Washington Post ほか

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