南極大陸の氷の下には、山脈、谷、湖、そして数万の丘陵が眠っている。しかし奇妙なことに、私たちは火星の地表のほうをよく知っていた。なぜ、自分たちの惑星の一部が、別の惑星より「未知」だったのか。そしてなぜ今、それが見えるようになったのか。
「火星より未知」だった氷床下
南極大陸を覆う氷床は、地球最大の氷塊だ。面積は約1,400万km²、厚さは平均2.1km、最大で4.8kmに達する。地球上の淡水の約70%がここに閉じ込められている。
問題は、この巨大な氷の下に何があるのか、ほとんどわかっていなかったことだ。
従来の調査方法は、航空機に搭載したレーダーを使って氷を貫通し、下の地形を測定するというものだった。しかし、この方法には限界がある。調査線の間隔は5〜10km、場所によっては150kmも空いてしまう。その「空白」を埋めるために、科学者たちは数学的な補間を使ってきたが、結果として地図は実際よりも「なめらか」になってしまっていた。
「氷を通して科学的な観測を行うのは難しいため、南極の氷床下の地形については、火星や金星の表面よりも知識が少なかった」と、Science誌に発表された研究の筆頭著者、ヘレン・オッケンデン博士(グルノーブル環境地球科学研究所)は語る。
氷を「レンズ」として使う発想の転換
オッケンデン博士らの国際チームは、まったく異なるアプローチを取った。氷を「貫通」するのではなく、氷を「レンズ」として使うのだ。
彼らが用いた手法は「氷流摂動解析(IFPA:Ice Flow Perturbation Analysis)」と呼ばれる。原理はエレガントだ。氷が山や谷の上を流れるとき、その表面にわずかな起伏が生じる。3km厚の氷が深さ100mの谷を通過すると、表面にはわずか数メートルの沈み込みが現れる。肉眼では気づかないほどの変化だが、高解像度の衛星画像なら捉えられる。
「カヤックで川を下るとき、水面に渦ができることがある。それが水中の岩の存在を教えてくれる。氷の流れ方は水とは違うが、原理は同じだ」とオッケンデン博士は説明する。
研究チームは、衛星画像から得た表面の起伏データと、既存の氷厚測定データを組み合わせ、氷の流れを支配する物理法則を逆算した。その結果、大陸全体の氷床下地形を、従来とは比較にならない精度でマッピングすることに成功した。
「以前は粒子の粗いフィルムカメラのようだった。今は、デジタルでしっかりズームインした画像が見えている」とオッケンデン博士はBBCに語っている。
7万超の丘陵、400kmの巨大谷
新しい地図が明らかにした地形は、想像を超えていた。

IFPA手法によって作成された南極大陸の氷床下地形図(Credit: Helen Ockenden)
研究チームは約7万2,000の丘陵を特定した。従来の地図で認識されていた約3万6,000の2倍だ。さらに、2〜30kmの「メソスケール」地形——つまり、これまで見落とされていた中規模の地形——が大陸全体で詳細に浮かび上がった。
最も印象的な発見のひとつは、Maud氷床下盆地に刻まれた巨大な谷だ。長さ約400km、幅6km、深さ50m。ロンドンからニューカッスルまでの距離に匹敵する。この古代の地形は、ドロンニング・モード・ランド山脈からの排水システムの痕跡と考えられている。
地図には、U字谷も数多く確認された。これは、現在の巨大な氷床が形成される前、3,400万年以上前にアルプス型の山岳氷河が刻んだ痕跡だ。南極大陸がかつて南米と陸続きだった時代の記憶が、氷の下に凍結保存されている。
「何百万年もかけて、南極の氷床は平坦な平原、深い谷で切り刻まれた台地、鋭い山々からなる多様な地形を形作ってきた。すべてが現在、数キロの氷の下に隠されている。この技術によって、初めてこれらの地形の分布を大陸全体で観察できるようになった」と、エディンバラ大学のロバート・ビンガム教授は語る。
気候モデルの「ギア」と「ブレーキ」
この地図が重要なのは、美しい地形を眺めるためではない。氷床の未来を予測するためだ。

新しい地形図は、山脈や丘陵、深い谷など、従来の地図では確認できなかった詳細な地形を明らかにした(Credit: Helen Ockenden)
氷床下の地形は、氷の流れを制御する「ギア」と「ブレーキ」の役割を果たす。ギザギザの山稜や深い谷は摩擦を生み、氷の流れを遅くする。一方、なめらかな盆地は氷を加速させる。
従来の気候モデルは、空白だらけの地図に基づいて構築されていた。補間によって「なめらか」になった地形は、実際よりも摩擦が少なく見積もられていた可能性がある。これは、氷床がどれだけ速く海に流れ込むか——つまり、海面上昇の予測——に直接影響する。
「南極の氷床底部の形状を最も正確に把握することは極めて重要だ。底部の形状は氷の流れに対する摩擦を左右し、それは南極の氷がどれだけ速く海に流れ込み、溶けて、世界の海面上昇に寄与するかを予測する数値モデルに組み込む必要があるからだ」とビンガム教授は強調する。
英国南極調査所のピーター・フレットウェル博士は、この地図を「本当に有用な成果」と評価し、「これにより、南極の氷がどれだけ速く海面上昇に寄与するか、より正確な見通しが得られる」と述べている。
次なる調査への足がかり
新しい地図は、次のステップも示している。
「もう盲目ではない」とビンガム教授は言う。「氷床底部のどこが粗く、どこを詳しく調査すべきか、非常によくわかるようになった」
2031年から2033年にかけて、「国際極年」が予定されている。今回の地図は、その国際的な調査計画において、レーダー調査を集中すべき場所を示す手がかりとなりそうだ。すべてを調べる必要はない。重要な場所がどこか、いまならわかる。
テキサス大学地球物理学研究所のダンカン・ヤングは、Science誌の解説記事で「2031-2033年の国際極年は、オッケンデンらの手法に導かれながら、氷床と岩盤の特性をより深く理解するための国際的な取り組みを統合する、絶好の機会だ」と記している。
火星より未知だった世界が、ようやく姿を現し始めた。

